大企業イノベーターの条件

斎藤 祐馬 氏 「オープン・イノベーション成功のカギ」 第2回

大企業と個人の関係が変わり始めている

今、大企業の中で事業創出に挑戦している人(大企業イノベーター)は、私の知っている範囲で100人くらいいます。一社に一人いるかどうかという状況です。その中で大成功といえるほどの方は、まだ多くありませんが、その芽が出てきたのはこの1、2年のことだと思います。

最近、大企業と個人の関係が変わり始めていると感じます。これまでは、労働市場で大企業が圧勝してきましたが、最近は、優秀な人や、起業家精神を持っている人を大企業が引き留めることが難しくなっています。例えば商社のように、これまであまり人が辞めなかった業界でも、会社を辞めて起業する人が増えています。「Morning Pitch」に登壇したベンチャー企業を分析すると、大企業を卒業して起業した人の割合は75%くらいに上ります。1990年代は日本の大企業、2000年代は外資系コンサルティングファームに入社したような最も優秀な層が、2010年代になり、だんだん起業するようになってきているのです。その流れの中で、大企業の中で起業しようとする人も増えつつあります。

「ロールモデル」が続々登場

大企業イノベーターを今後、さらに増やしていく一番の方法は、ロールモデルを増やすことです。ベンチャー起業家がたくさん生まれるようになったのは、ロールモデルがいるからです。起業家が上場して成功したというストーリーはわかりやすく、再生産されやすいのです。しかし、大企業の中だと、誰がどうやってやったのかが見えないため、ロールモデルが生まれにくく、ノウハウもシェアされにくい。そこで、ロールモデルを増やしてノウハウをシェアできるようにすることが重要になります。

少し前までは、大企業の中の一個人にフォーカスしてメディアに露出させることは、大企業から嫌がられる傾向がありました。しかし、この1年ほどの間に、大企業もメディアに出していこうという姿勢に変わってきました。

大企業イノベーターのロールモデルの一人として挙げられるのが、三越伊勢丹の額田純嗣さんです。「Morning Pitch」に何度もいらして、そこで見つけたベンチャー企業20社ぐらいを束ねて、新宿伊勢丹の4階で「おとなの文化祭」という企画を開催しました。百貨店というと、従来は良いテナントを入れることにフォーカスしていましたが、この企画は自分たちが目利きをして良いものを持ってくるというもので、人気を集めました。その他にも、ソニーの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」を立ちあげた小田島伸至さん、そのSAPで、入社2年目でプロジェクトを持ち、事業を進めている八木隆典さん、パナソニックの美容家電「パナソニックビューティ」で数々の商品を企画した清藤美里さんなどが挙げられます。こうしたロールモデルがどんどん可視化されていくと、彼ら彼女らに憧れて大企業イノベーターを目指す層が、ますます増えてくると思います。

大企業イノベーターになるには

大企業イノベーターになるためのポイントは、擬似的に自分を起業家に見立てて、会社や上司を株主として見ることです。このような自立した精神がすごく大事なのです。上司に言われたことをするだけでは、新しいものは永遠に生まれてきません。しかし現実には、日本の大企業に働く99%の人は、上司に言われたことをしないと給料をもらえない、自分のやりたいことをやっても給料はもらえないと思っています。このマインドセットを変えることが最も重要です。

自分のやりたいことと、会社が求めることの2つのベクトルがあるとします。多くの人は、自分のやりたいことは控え目にして、会社のやりたいことを7割くらいこなすか、あるいは、自分のやりたいことばかりやって、会社からは全く評価されていないか、そのどちらかです。大切なのは、自分のやりたいことを、会社にとって意味のあることに合わせられるような人材になることです。

しかし、現実には、自分のやりたいことをわかっている人はほとんどいませんし、会社の方向性をわかっている人もほとんどいません。そこで、考えてほしいのが「ビジョン・数字・政治」です。自分のやりたいこと(=ビジョン)を明確にし、そのビジョンを事業計画も含めてロジック(=数字)で説明できるようにする。しかし、それだけでは会社は動かないので、周囲を巻き込み、打算でも参加したくなるプラットフォームをつくる(=政治)。この3つができるようになることが必要だと思います。

3種の神器は「ビジョン・数字・政治」

「ビジョン・数字・政治」を私自身になぞらえて説明しましょう。ビジョンを明確にするには、自らの過去を振り返るのが有効です。私の場合、ベンチャーに興味を持ったきっかけは、中学生の頃に父親が脱サラして事業を始めたことでした。活き活きとしつつも苦労の多い父親のようなベンチャー経営者を、一人でも多く支援したいという思いが原点にあります。そこから生まれた私のビジョンは、ビジョンとパッションを持った起業家人材を世に送り出すこと、そして、そのために世界に通用するプラットフォームをつくることです。

こうした思いを伝えて、人々の共感を得ることがスタートです。しかし、こういう話をしても、賛同してくれる人はわずかです。そこで、次にすべきことは、自分のやりたいことが、会社にとってどのような意義があるか、どのように事業化するか、というロジカルな説明です。私の場合で言えば、コンサルティングファームの顧客は基本的に大企業ですから、ベンチャーを支援しても会社にはインセンティブがないため、支持を得られません。そこで、ベンチャー支援と同時に大企業のイノベーション支援を掲げ、事業計画を立てることで、会社として取り組むべき事業として位置づけることができました。

最後は政治です。新規事業を進める上で、周囲の協力を得ることは不可欠です。しかし、誰でも、自分にとって大事なことや、自分の社内での立場によってインセンティブが決まります。そこで、周囲の人たちが参加することによってプラスになる、進んで巻き込まれたくなるような工夫をしました。

斎藤 祐馬 氏 トーマツ ベンチャーサポート 事業統括本部長 慶應義塾大学経済学部卒。2006年公認会計士試験合格、監査法人トーマツ入社。 2010年社内ベンチャーとしてトーマツ ベンチャーサポートの事業を立ち上げ、ベンチャー企業の成長支援を中心に、大企業の新規事業創出支援、ベンチャー政策の立案などを手掛ける。

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