イノベーションを生み出す場づくり

斎藤 祐馬 氏 「オープン・イノベーション成功のカギ」 第1回

デロイト トーマツの社内ベンチャーとしてベンチャー支援事業を立ちあげ、ベンチャー企業が大企業にプレゼンテーションを行うイベント「Morning Pitch」の発起人としても知られる斎藤祐馬氏。 大企業イノベーターとしての自身の体験も交えながら、オープンイノベーションを成功させるための条件について語っていただきました。

「大企業×ベンチャー」のイベントを始めた理由

私が所属するトーマツ ベンチャーサポートでは、ベンチャー企業の成長支援や、大企業における事業創出(イノベーション)のコンサルティングを行っています。また、2013年1月には、ベンチャー企業と大企業の事業提携を生み出すことを目的に、毎週木曜の朝7時から都内で「Morning Pitch」を始めました(野村證券との共催)。毎回5社のベンチャー企業が、大企業やベンチャーキャピタルなど約150社に向けてピッチ(ベンチャー企業からのプレゼンテーション4分、大企業からのQ&A16分の計20分構成)を行います。2017年6月時点で、1,000社を超えるベンチャー企業が登壇しています。

「Morning Pitch」を始めた背景には、ベンチャー企業が抱える「お金が集まらない」「知名度がない」「大企業との取引が進まない」という課題がありました。当時は、ベンチャーの人はベンチャーの人ばかりで集まる傾向がありました。一方、大企業の人たちの中には、「そろそろ新しいことを始めないと」という雰囲気が出てきた頃でした。そこで、ベンチャー企業の課題を解決するプラットフォームとして、大企業のやる気のある人に集まってもらう場が必要だと感じたのです。時間を早朝にしたのは、「仕事で参加できない」という言い訳ができないようにし、本当にやる気のある人だけに集まってもらいたかったからです。

初回の参加者はわずか7、8人。特にベンチャーの人は比較的朝が弱いので、当初はなかなか参加してもらえず、頭を下げて来てもらうような状況でした。それ以降、会う人ごとに「こんなことをやっていて、面白いから来てくれ」と声をかけ続けた結果、半年弱で数十人規模になり、その後も回数を重ねることによって成長してきました。

ピッチ・イベントは、シリコンバレーをはじめ世界中に数多くありますが、誰に聞いても、毎週これだけの規模でやっているところはないと言われます。場づくりというのは、コンセプトや継続性などで勝負できるものです。「Morning Pitch」は現在、日本で7拠点、海外はシンガポールなどで開催しています。東南アジアでは、大企業とベンチャーのつながりがまだ弱く、参加者がどんどん増えている状況です。同じフレームワークで世界に展開できているため、こうした場の持つ力には普遍性があると感じます。

目の前でプレゼンテーションをすることの重要性

ベンチャーの神髄はプレゼンテーションです。大企業の社員が、他の企業と提携したいと上司に提案する際、有名企業であれば、その名前だけで通るでしょう。それがベンチャーになると、「なんだそれは」と疑いの目を向けられることもあります。しかし、プレゼンテーションを生で聴くと、「これはすごい」と感じてもらうことができます。ベンチャーが飛躍するチャンスはここにしかありません。だからこそ、ベンチャーのプレゼンを大企業のやる気のある人に聴いてもらうことが重要なのです。

面白いのは、シリコンバレーのすごいベンチャーのプレゼンでも、スカイプなどで聴くと、あまり大したことがないように聞こえてしまうところです。それだけに、プレゼンではリアルな場で伝わる空気感や熱量が絶対的に必要だと思います。ただ、最近はVR(ヴァーチャルリアリティー)の技術が進んできて、遠隔であってもリアリティが感じられるようになりつつあります。そうした最新の技術を活用すれば、プレゼンの可能性はもっと広がると思います。

日本の大企業が抱える課題

大企業はインフラとしての完成度が高く、ブランド力があり、売る力も強い。その一方で、売るものがない、という会社も少なくありません。0から1を生み出すR&Dの機能が弱まっているということです。逆に、ベンチャー企業は、R&D機能は強いのですが、多くの会社が誰にも知られずに消えています。両者のマッチングが適切に行われれば、事業創出は一気に進みます。実際、販路を持った大企業と、ユニークな技術を持ったベンチャーを組み合わせることによって、事業化に成功した例がいくつもあります。

大企業が事業を創出するには3つの方法があります。自前でR&Dをするか、ベンチャーと協業するか、M&Aをするかです。日本の大企業は、この3つのうち、圧倒的にR&Dに偏っています。そして、R&Dをベースに、オープンイノベーションをやるかどうかを議論しているのが現状です。私たちは、これまで世界中のオープンイノベーションの責任者に話を聞いてきましたが、海外ではオープンイノベーションはすでに当たり前の方法になっていて、議論の対象にすらなっていません。議論されているのは、目的に対してどの方法がベストか、ということです。日本とは次元が違うのです。

3つの方法をどう使い分けるかというと、コアな部分のテクノロジーは自前で開発し、付加価値の部分はベンチャーと組む。さらにその中で、よりコアな部分としてやっていきたいものは買収する、という考え方です。例えば、通信会社で言えば、インフラの通信技術は自前で開発し、アプリはさまざまなベンチャーと協業する。そして、アプリの中でもコアなものは買収するといった形です。

しかし、これまで自前意識の強かった日本の大企業も、ここ数年で劇的に変わってきました。そのきっかけは、IoTやフィンテックなど、大企業とベンチャーの垣根を越えたマジックワードが出てきたことです。IoTやフィンテックをやろうとすれば、ベンチャーと組むのがメインになって来ます。そこで大企業とベンチャーの融和が一気に進んだのです。

また、以前は製品開発に何年もかけて、そこから長く利益を出すビジネスモデルでしたが、現在は変化が早いため、自社で開発に時間をかけていては間尺に合わなくなっています。こうした環境の変化が、大企業の姿勢を変えつつあります。2014〜15年頃から、大企業の人たちが、自分たちの強みと弱みを認識し始めました。

なぜ「場づくり」が必要なのか

イノベーションを起こすには、偶発的な出会いが重要だとよく言われます。シリコンバレーのように、同じマインドや文化を共有している人たちの空間では、協業が前提としてあるので、近所のスターバックスなどでの偶然の会話から、新しいアイデアが生まれることもあるでしょう。しかし、日本の大企業の場合、それぞれが一つの国家のようにさまざまなルールを持っているため、ハードルが高く、社外の人となかなかつながりにくい現実があります。また、大企業が多く集まる丸の内は、スーツ姿で働く人が多く、ベンチャーで働くにとっては緊張感のある街だったことも一つの要因でした。

そこで、「Morning Pitch」のように、ベンチャーを見つけてきて、大企業に紹介するような場が必要になるわけです。ただ、それを普通にやると、大企業にベンチャーが並んで営業する形になってしまいます。たたでさえ、当時は大企業が「上」、ベンチャーが「下」と考えている人も多かったころ。そこで、私たちはベンチャーが参加者全員の前でプレゼンをして、興味を持った大企業の人がベンチャーの前に並ぶことで、より多くの出会いが生まれるようにしました。

イノベーションを生み出す場づくりのユニークな例として、アメリカのケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)が挙げられます。CICはさまざまなベンチャー企業が集まる巨大な拠点を各地に展開しています。例えばボストン地区では約1000社が入居しており、その中には複数のベンチャーキャピタルも含まれます。たくさんのスタートアップを一堂に集めることで、コラボレーションが促され、イノベーションが起こりやすい環境を提供しているのです。他と比べて家賃が高くても、ネットワーク効果があるために、多くのベンチャーがコストではなく投資ととらえて入居するそうです。現在、日本への進出も検討されています。

重要なのはIPOよりもM&Aの多さ

シリコンバレーでは、なぜ早くからオープンイノベーションの形が出来上がっていたのでしょうか。シリコンバレーと日本で構造的に違うのが、ベンチャーの株式公開(IPO)とM&Aの割合です。昔はシリコンバレーでも株式公開がメインでした。しかし、現在ではM&Aが約9割を占めています。オープンイノベーションの進行度合いを測るには、M&Aの割合が指標として重要になります。なぜなら、ベンチャーが株式公開すると、起業家はその会社の社長をやり続けることになります。しかし、買収されれば、起業家はまた次の新たな起業に取りかかることができます。起業家人材は希少です。日本の起業率は4〜5%といわれていますが、もし起業家が平均2回起業すれば、10%くらいに増えることになります。この論理で、シリコンバレーでは、M&Aによって連続して起業する人がどんどん増えていきました。また、起業家はM&Aによって多額の売却益を得るので、そのお金を基にエンジェル投資家となって新たな起業家を生むエンジンにもなります。このサイクルがすでに4回転くらいしているのがシリコンバレーの現状です。

この動きに合わせて大企業側でも、自前でのR&Dは一部に限られ、ベンチャーなどを買収することによってR&Dを外から買うやり方が進行していきました。グーグルなどは、自分たちで事業をゼロからつくったのは最初だけで、ほとんどはM&Aによって事業を拡大しています。

斎藤 祐馬 氏 トーマツ ベンチャーサポート 事業統括本部長 慶應義塾大学経済学部卒。2006年公認会計士試験合格、監査法人トーマツ入社。 2010年社内ベンチャーとしてトーマツ ベンチャーサポートの事業を立ち上げ、ベンチャー企業の成長支援を中心に、大企業の新規事業創出支援、ベンチャー政策の立案などを手掛ける。

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