知的生産性を高めやすいオフィスとは

石川 善樹 氏 「知的生産の新しいカタチ」を考える 第3回

アクティビティ・ベースト・ワークプレイスの問題点

最近、オフィスの空間設計で注目されている考え方に、「アクティビティ・ベースト・ワークプレイス」(ABW)があります。集中する場、リラックスする場、交流する場など、それぞれのアクティビティに適した空間を設け、社員はアクティビティに応じて場所を変えながら仕事をすることで、より生産性を高めるというものです。

ABWの考えに基づいて設計されたオフィスを見ると、空間の構成要素は、だいたい次の5つになります。
①ギャラリー ②サロン・カフェ ③資料スペース ④オフィス ⑤集中スペース
これらの構成要素は正しいのですが、全体を見ると、各要素がバラバラに配置されていて、自由に行き来できるようになっています。そこに、ABWの問題があると思います。

人は、急に集中したり、リラックスしたりすることはできません。集中する時には徐々にウォームアップをし、リラックスするためには徐々にクールダウンをする必要があります。また、「ゾーン」や「フロー」と呼ばれるような高い集中状態に入るためには、強いストレスを感じた後で、ふっとリラックスすることが有効です。オフィスの知的生産性を高めるには、こうした人間の特性を考慮して設計することが大切です。

参考になるのが神社仏閣です。鳥居をくぐる時は、一瞬緊張が高まります。くぐり抜けた後は、緑に囲まれたり、玉砂利が敷き詰められたりした参道を歩くことで、リラックスします。そして参拝する場所に着きます。その近くには日常業務を行う社務所があり、さらに奥に進むと、お寺であれば座禅を組んだりする空間があったりします。入って直ぐに座禅ということはありません。必ずいくつかのステップを経てたどり着くようなストーリー構成になっています。私は、事務所の近くにある明治神宮によく行きますが、集中もリラックスもできて、いろいろなアイデアが湧いてきます。

ABWに欠けているのは、このストーリー構成です。ABWは、西洋建築がベースになっているためか、中心となる空間があり、その周囲に各要素が配置されています。そのため、急に集中したり、リラックスしたりすることを余儀なくさせられることになります。

日本の神社仏閣を訪れた多くの外国人が「グレイト!」と感動します。明治神宮でも、神妙な面持ちで歩く外国人をよく見掛けます。神社仏閣の空間設計は、世界共通で価値があるのだと思います。禅をベースにしたマインドフルネスが海外で人気ですが、神社仏閣の設計思想も、これから世界に輸出できる概念になると思います。

今、東京で最も集中できると思う場所は、六本木ヒルズにある教育施設「アカデミーヒルズ」です。隈研吾さんがデザインをされていますが、見事なストーリー構成になっています。集中する場所は一番奥にあって、ウォームアップしながらたどり着けるように設計されています。

仕事の始まりと終わりを素晴らしいものにする

もう一つ、現代のオフィスで見過ごされているのが、仕事の始まりと終わりを素晴らしいものにする、ということです。オフィスの入口は大抵、無機質です。例えば、出社した時に「よし、今日も頑張ろう」という気持ちになったり、退社する時に「今日もいろいろあったけど、自分はこのために仕事をしているんだよな」と思えるような、視点をぐっと上げてくれる仕掛けがあったりすると、知的生産性の向上につながります。神社で言えば、鳥居のようなものです。それがないと、始まりと終わりの間のプロセスをどれだけ立派にしても、最後は疲れ果ててオフィスを退出することになってしまいます。

現代の高野山をつくる

今の時代は、空海が中国から帰ってきた頃にすごく似ています。空海がなぜ高野山を開いたかというと、探索によって情報にまみれすぎたので、情報にあふれた世界から距離を置き、得た情報をしっかり深化させたいと考えたからです。また、高野山にはさまざまな人が訪れますから、その人たちとの交流が、新たな探索のきっかけにもなる。情報の探索と深化のサイクルが極めてうまく回っているのが高野山なのです。

情報にまみれすぎているという点では、現代人も同じではないでしょうか。東京で働く人々は、会社に出勤するまでに、すでにさまざまな情報にまみれています。それを一度振り落とさないと、仕事に集中できるわけがありません。ですから、オフィスビルに一歩足を踏み入れたら、余計な情報は何もない方がいいと思います。

日本のオフィスビルは、かつての日本の携帯電話市場と似ています。“ガラケー”と呼ばれた日本の携帯電話は、ひたすら機能を付加する方向で競争をしていました。しかし、そこに、いろいろなものをそぎ落としたiPhoneが登場し、市場は大きく変わりました。日本のオフィスビルも“ガラケー”と同じで、どれだけ最新機能を付加できるか、という競争に陥っているような気がします。

東京で働く人々の知的生産性の向上を考えると、いろいろなものをそぎ落とした高野山のような場所が必要ではないでしょうか。都心に壮大な“アーバンテンプル”を築くことが、東京における新たな価値になると思います。

これからの知的生産に求められるのは「論理」よりも「大局観」

なぜ、情報をそぎ落とした方が知的生産性の向上につながるのか、もう少し考えてみましょう。 知的生産における仕事は、ほとんどの場合「考える」ことです。「考える」内容を整理してみると、「誰も考えたことがない領域」と「考え尽くされた領域」、その「中間領域」の3つに分けることができます。そして、横軸にこの3領域を、縦軸に考える「自由度」と「情報量」をとると、次のような図が描けます。

この図を見ると、3つの領域でそれぞれ異なる考え方(思考方式)が適していることがわかります。「誰も考えたことがない領域」では、参考になる情報がないため、自分の感性のおもむくまま、自由に考える「直観」を使います。「中間領域」では、ある程度の情報量と自由度があり、ここでは「論理」を使います。「考えつくされた領域」では、情報量があふれているため、考えるための自由度が低くなります。ここでは「大局観」が役立ちます。

20世紀は、「中間領域」の時代でした。この領域では、基本的に論理的に考え、改善をしていればよかった。しかし、現代は、「中間領域」がどんどん狭まり、「誰も考えたことのない領域」か「考え尽くされた領域」のいずれかしかなくなってきています。ロジックの時代はほぼ終わっているのです。

残された2つの領域のうち、「誰も考えたことのない領域」に取り組むのは、どちらかというと研究者です。大半のビジネスパーソンは、「考え尽くされた領域」に取り組むことが多いと思います。この領域は情報量が多く、自由度が低いため、情報をそぎ落として「大局観」を持って考える必要があるのです。

情報量の多い既存のオフィスは、「論理」に対応した環境のままだと言えます。しかし、これからの時代は、「直観」や「大局観」に対応したオフィスが必要です。これから先100年、200年続く場所をつくるのであれば、ぜひ、情報をそぎ落とすことのできる、“現代の高野山”を目指すことも有効ではないでしょうか。

Editors’ INSIGHT

未来のワークスタイル・ワークライフを考えるにあたって、まず知的生産とは何か考察するところからはじまり、人と人とのネットワークの重要性や、知的生産性を高めるオフィス空間のあり方まで、広く深くお話を伺うことができました。
うまく機能しているネットワークには「面白い問い」と「明確なビジョン」が存在している、という洞察や、寺社仏閣に見られる空間的な「ストーリー」が集中・リラックスを促しアイデアを創発するという指摘は、常盤橋の街づくりを考えるにあたって非常に示唆に富むものでした。東京・常盤橋ならではのネットワークとは何か、オフィス空間のあり方とは何か、今後のインタビューを通じてアイデアを深めていきたいと思います。

石川 善樹 氏 予防医学研究者 東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。専門は予防医学、行動科学、機械創造学など。著書に『仕事はうかつに始めるな』『疲れない脳をつくる生活習慣』(いずれもプレジデント社)『最後のダイエット』(マガジンハウス)など。

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