脳を活性化するための環境とは

青砥 瑞人 氏 脳科学から紐解く「クリエイティブな場」の作り方 第2回

モチベーションを高めるための脳の条件

人間のモチベーションは容易には上がりませんが、上げるための脳の条件はいくつかあります。その前提条件として、安全安心な状態を担保することが挙げられます。脳の安全・安心が阻害され、不安や恐怖を感じている状態では、偏桃体という脳部位が優位に働き、モチベーションに関与する腹側被蓋野などの脳部位が活躍できません。

その不安や恐怖、それに伴う悪いストレスとうまく付き合ううえで重要な脳機能に「認知的柔軟性」というものがあります。人間は、新しいものや異なるもの、経験の中の失敗に対してネガティブな情動が発露しやすく、新しい挑戦、自分と異なるものや失敗の受容がしづらい傾向にあります。それは、生物学的には健全な脳の反応です。脳というのは、太古の昔からほとんど変わっていません。昔は周囲に生命を脅かすような危険な動物がいたため、新しいもの、異なるものに対して警戒するシグナルを送る必要がありましたし、失敗も生死に関わることでした。しかし、現代はある程度安全な社会が確立されているため、古くからある脳のネガティブな反応は過剰である可能性が高いのです。そこで現代では、新しいものや異なるもの、失敗などを受容し、ネガティブな情動発露を抑制して新しい機会や学びのチャンスとして捉える「認知的柔軟性」を身につけることが、この変化の激しい時代を生き抜くカギになるでしょう。得てしてこの「認知的柔軟性」の低い人は、悪いストレスをためやすく、モチベーションを高めることが難しくなります。

ストレスというと悪いものを想像しがちですが、良いストレスも存在します。全くプレッシャーのない状態より、ある程度のプレッシャーがあった方が、生産性が高まるという経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。良いストレスはパフォーマンスを高めてくれます。良いストレスとは、自分が今、具体的にやろうとしていること、やりたいことから受けるストレスのこと。それ以外から受けるストレス、例えば「周りがうるさい」「Wi-Fiが繋がらないなど」は悪いストレスです。良いストレスを受けるためには、自分が今、何をしようとしているのかを自己に問い、自己の意思決定のもと行動する必要があります。

「認知的柔軟性」を高め、不安や恐怖とうまく付き合い、脳の安全・安心状態を作り出し、自分への問いかけのもと自分の脳で意思決定をすると、モチベーションが高まりやすい脳の状態になるのです。結果的に具体的な意思決定ができなかったとしても、「自分の脳が意思決定してもいいんだ」という期待感を持つだけでもモチベーションを高めることに寄与します。ただし、何となくではなくしっかり意識付けしなければ効果は望めないので、互いが互いの脳の意思決定を許容し、実行してもらうコミュニケーションの場づくりが重要です。

別の観点から場づくりを考えると、モチベーションを高める脳状態を作り出すときに寄与するドーパミンや、愛着感・幸福感に寄与するオキシトシンなどの脳内神経伝達物質を生成しやすい場を作ることも可能かもしれません。一般的に、赤ちゃんの写真をみるとオキシトシンが分泌されやすいと言われていますが、どんな視覚・聴覚・臭覚などの刺激がそれぞれの神経伝達物質を誘導しやすいのかには個人差があります。最近ではAR(拡張現実)やVR(仮想現実)の技術が進んでいるので、その技術とAI(人工知能)を活用して、個々人に最適化した「オキシトシンなどの出やすい場」を提案できると面白いですね。

バイオリズムに合わせて働く

僕は、1日のスケジュールを組む際に、どの時間帯にどんなタスクを組み込むかを、脳の機能とそのバイオリズムに合わせて設計することが多いです。朝は収束思考系、やることが明確化していて実行(エグゼクティブ)機能を使うタスクをメインにこなします。お昼になるとランチの代わりにジムに行き、身体を無心で追い込みます。こうした行動を通じ、午前中に疲れた脳を休息させ、異なった脳の状態へ誘導します。20分ほど一気に追い込んだら仕上げとしてサウナに行き、面白いアイデアなどクリエイティブ系の発想をひたすら発散する作業をします。今までいくつか特許をいただいていますが、ジム後のサウナで生まれることが多いんです。

このように、一日の過ごし方を考えることも大切かもしれません。人間は、朝起きて夜眠るサイクルを当たり前のように行っていますが、それにはやはり意味があります。朝日を浴びると、心を和らげる効果があるセロトニンが多く分泌されます。その後、セロトニンの量は一日を通じてどんどん低下していきます。昼夜に向けてイライラしがちになるのは、セロトニンが減少するためです。セロトニンは減少に伴い分子構造を変え、眠りを誘導するメラトニンを生成します。そのため、良い睡眠のためには多くのセロトニンを生成することも大切です。こうした1日のバイオリズムを活かすと、より生産的に活動することが期待できます。脳のバイオリズムを捉え、それぞれに向いた活動を特定できるようになるでしょう。

まだ研究段階なので僕の経験則になりますが、朝は心を落ち着かせてくれるセロトニンが多いので、ピリッとしてしまいそうな会議は午前中に行うのがいいかもしれません。そう考えると、慣習的に行われている早朝のゴルフ接待には科学的な根拠がある可能性があります。朝に直接浴びる太陽光は多くのセロトニン分泌に有効ですし、歩行がセロトニン分泌を促すという研究もあり、開放的なゴルフ場はますますそれを助長しコミュニケーションを活発化してくれるのですから。

また、アーティスティックな人たちとお話をしていると、何だか夜型の人が多い気がしています。実際に私自身も発想系は夜に集中しますし、執筆している時は夜の方が捗っている感覚があります。あるいは徹夜徹夜でバキバキな状態でアートを生み出すなんて話もよく聞きます。徹夜をしたときの脳は、間違いなく通常とは違う状態です。「脳のCEO」とも言われる前頭前皮質の活性はどんどん落ちているはず。しかしその状態だからこそ、ユニークなアイデア発想に繋がる可能性があります。研究により、ジャズ奏者は演奏中に前頭前皮質の活性を抑制している傾向があることが分かっています。夜遅くというのは、それに近い脳の状態と言えるのかもしれません。

ただし、いくら生産性や働き方を表面的に語っても何も変わりません。大切なことは、一般化しすぎてはダメだということです。働くのは朝がいい、という話はよく聞きますが、そんな単純ではないのです。なかにはDNAレベルで朝に弱い人もいます。そういう人たちは時間をずらして働いた方が本人にとってもハッピーですし、パフォーマンスも高まるはず。「働き方改革」の前提として、脳のバイオリズムに合った働き方が提唱されるべきだと思います。働く身体にあらゆる司令を出している脳と、脳のメカニズムを捉えた「働き方改革」が求められるでしょう。

場所を転々と変えることの効果

僕は、色々な場所で仕事をします。カフェ、公園、時間が許せば海や山などの自然の中など。集中しづらいなど克服すべき点もありますが、どんな環境でも集中できる訓練がされていると、高いパフォーマンス向上の効果を期待できます。その1つに、「使える記憶」の定着が挙げられます。

場所を転々と変えることは、記憶の定着効率を高めることに寄与します。毎日同じ場所で試験のための学習をしていると、その場所でやったことがサブリミナル(潜在意識)的に脳内に記憶され、その結果、いつも学習していた場所では想起できたことが本番の試験会場に行くと思い出せないということが起こってしまう。その理由は、勉強した内容が場所と一緒に記憶されるからです。場所の情報がないと引き出せない記憶は、「見せかけの記憶」とも言えます。同じ場所で記憶した方が「見せかけの記憶」の定着効率はよいのですが、場所を変えて記憶したり、記憶を引き出したりする訓練をすることで、実際に「使える記憶」を定着させることができるようになります。

1日1食で仕事のパフォーマンスを高める

僕はパフォーマンスを高めるため、1日1食しかとりません。なぜ1食でパフォーマンスが高まるのか、その理由は2つあります。

1つ目は、副交感神経が優位になってしまうから。仕事に集中している時は交感神経が優位ですが、食べる行為は消化活動を行うため副交感神経を優位にします。副交感神経が優位になってしまうと、眠気を感じ作業パフォーマンスが落ちてしまうのです。

2つ目は、ドーパミンを利用するためです。お腹が空くと、脳内にドーパミンが作られて、「食べ物に向かってください」と信号を送るのです。このドーパミンは、前頭前皮質に送られると注意力や集中力を高め、海馬に送られると記憶定着力を高めるなど、パフォーマンスや学習においてとても重要な役割を担っています。そこで、あえて空腹にすることによって、そのドーパミンをパフォーマンスを高めるために仕向けているのです。ただし、通常、空腹時は食べ物に作用してしまうため、そうさせないためのトレーニングは必要です。空腹でドーパミンが生成されている脳の状態で、意識を食べ物に向けるのではなく、自分の勉強やタスクに集中するということです。僕の場合は、アメリカにいた頃に極貧生活で1食しか食べられず、かつ飛び級を目指して一生懸命勉強していて時間もなかったので、物理的にその状態に慣れることができました。慣れていないと、単なる注意分散になるので気をつけないといけません。

ドーパミン誘発のため、あえて目の前に好きな食べ物を置きながら作業をするという訓練方法もあります。食べたいものを我慢することで生成される脳内のドーパミンは、集中力や記憶定着力に作用します。

実際に、多くの経営者やアスリートが食事をコントロールし自己の生産性やパフォーマンスに結びつけています。なぜ多くの宗教が栄養飢餓な状態を導く断食をしていたかを考えても、もちろん様々な理由があるにせよ、空腹という状態に伴う身体や脳状態の変化による、思考、感情、行動の変容への期待がきっとあるはずです。

感情のログを記録することで、自分を客観視できる

ドーパミンやオキシトシンやセロトニンなど、人々の心や感情に関わる神経伝達物質は当人の生産性やパフォーマンスに大きく影響を与えます。しかし、人は異なるDNAを授かって生まれ、異なる環境で育つがゆえに、誰ひとりとして同じ脳の配線を持っていません。科学は一般化された傾向はみせてはくれますが、大事なのは、1人ひとりは異なって当然という前提に立ち、各人に見合う心や感情、脳の状態を見出していくことです。

各人の脳内で、例えばドーパミンのフローを追い、各人がどんな物・どんな時・誰といるとわくわくするのか、そんなことが可視化されたらきっと楽しいはず。しかし、残念ながら今の科学技術では、神経伝達物質が各人の脳でどんな状態であるかを瞬時に可視化することはまだできません。そこで今、私はそんな脳内や感情の状態を神経科学に基づいて測定するアルゴリズムを開発しています。5~10年スパンの長期的なプロジェクトではありますが、必ず創り上げるつもりです。

一方、それと同時並行して、もっと手軽に自分の感情を測定する方法を開発しました。神経科学的に設計された感情のログを取る仕組みです。ユーザには自分で自分の感情を観察してもらい、その時々の記録を簡単に入力してもらうだけ。しかし、そのデータから、仕事をするのはいつ(曜日や時間帯)がゴールデンタイムなのか、場所はどこがいいのか、事前にどんなことをやっているとよいのかなど様々なことが分かるようになってきました。

脳が可視化され始めたのは、ほんの最近のこと。今まで脳は、ブラックボックスとして扱われていました。脳が働き方や生産性に関与していることは分かっていても、どうしようもなかった。しかし、科学技術の発展により、脳について色々分かってきています。今後の「働き方改革」の本流は、今まで直視できなかった脳機能や脳のバイオリズムを鑑みつつ考えていくべきではないでしょうか。そして、働き方を支える空間や場の在り方も、脳機能や脳のバイオリズムを考慮に入れた、いわば“Human-Brain Centered Design”が求められる時代になってくるはずです。

青砥 瑞人 氏 DAncing Einsteinファウンダー CEO 米国UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)神経科学学部卒業。帰国後、2014年にDAncing Einsteinを設立。「ドーパミン(DA)が溢れてワクワクが止まらない新しい教育」の創造を目指して、さまざまな活動を行っている。

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