コミュニケーションを円滑にするには

青砥 瑞人 氏 脳科学から紐解く「クリエイティブな場」の作り方 第1回

脳神経科学の知見を、教育や人材育成の分野に応用する活動に取り組む青砥瑞人氏。脳神経科学の観点から、職場での理想的なコミュニケーションや、クリエイティビティが高まる場づくりについて語っていただきました。

コミュニケーションと脳の関わり

アメリカの大学にいた頃、ある脳障害の患者さんがいました。彼に「“I am a hero. ”と書いてください」と言うとその通り書くことができます。しかし、「今書いた字を読んでください」と言うと、読めない。たった今自分で書いた文字なのに、それを読むことができないわけです。不思議ですよね。その理由は、文字を認識して声に出して読むプロセスと、長い間記憶として蓄積されてきた文字を書くプロセスは、脳の全く別の機能を使っているからです。日本人が、英語を小学生のうちから勉強しているにも関わらず、話すことはできないのも同じ理由です。聞いて理解するプロセスは脳の「ウェルニッケ野」という領域を使いますが、話すプロセスは「ブローカー野」という脳の別の領域を使います。日本人はブローカー野を使う英語教育が足りていないため、なかなか英語を話すことができないのは当然ともいえます。音読も同様に、音読すれば話せるようになるという考えは間違いです。話す、音読するもまた違う脳のプロセスを経るわけですから。つまり、コミュニケーションもしっかり脳プロセスを捉えた上で考えることが重要なのです。

読む・書く・話す・聞くという言葉の4技能は、それぞれ脳の別の機能を使うため、人によってコミュニケーションの得意不得意が出てきます。例えば、聞く方が得意な人もいれば読む方が得意な人もいる。会議などで人の話を聞いて理解するのに少し時間がかかる人の場合、一旦紙に書くなどして、会話を理解するというプロセスを補助すると、その人の他の能力が活かされる可能性が高まります。逆に、会議で議論はできるのに、資料の文字に目を通して理解することが苦手という人もいます。対話的に内容理解を促進するというコミュニケーションで、その人の議論、話す能力が活かされる可能性が高まります。したがって、各人の4技能の得手不得手を見極めた会議設計がなされるだけでも、会議の生産性を高め、コミュニケーションが円滑になる可能性が高まります。

4技能以外にも、脳の感情プロセスに目を向けることも重要です。一対一で対話的に会話している時は面白いアイデアを出してくれるのに、会議などかしこまった場になると上手く発言できないという人もいます。その人は恐らく、緊張や脳の失敗予測に伴う不安や恐れが会議での発言を邪魔しています。そうなると、発言しようかしまいかで頭が一杯になり、結果的に会議内容にもついていけなくなるという悪循環に陥ります。

それを避けるためにはアイスブレイクを効果的に導入し、失敗に対するその場でのスタンスを示してあげること。アイスブレイクは通常会議の冒頭でやることが多いですが、会議の途中にいれることも実は重要です。僕は会議の途中であえてふざけた発言をしてみて、参加者が安心できる空気を意図的に作ることもあります。

また、参加者が緊張していたり発言が出てこなかったりするときにはうまく“間”を取り、今どう感じているのかを一言で教えてもらい、それに対してポジティブなフィードバックをしてあげること。それはつまり、感情をタグ付けするという作業です。自分の感情を言語化しタグ付けすることは、感情の暴走を和らげる効果があります。会議の円滑性、生産性を高めるだけでなく、タグ付けされた感情を遡り過去の感情への対処法が分かるようになっていきます。

議論過多、資料過多による感情・認知の乱れを整理する“間”を取ることは、特に会議というコミュニケーションの場において重要なことです。

コミュニケーションのどの部分が得意か不得意かを明らかに

人それぞれコミュニケーションの得意不得意がありますが、それがわかれば、得意な部分をさらに伸ばしたり、不得意な部分を改善したりすることもできます。例えば、「聞く」という行為1つをとっても、音に対して注意を向けることが苦手なのか、あるいは、入ってきた情報を脳内の記憶と照会して理解することが不得意なのか。はたまた、記憶との照会によって理解はできるが、それに基づいて自分の他の記憶を探って思考することが苦手なのか。さらにその先の、思考をもとに発言する行為が苦手なのか。はたまた感情のプロセスが円滑なコミュニケーションを阻害しているのか。原因が明らかになれば、自分の成長のために何をすればいいのかが具体的に見えてくるはずです。今までは漠然と「コミュニケーションが苦手」「話すことが苦手」と言われてきましたが、実は脳内にはいろいろなプロセスがあって、どこがネックになっているか明確に分かるようになれば、的確に対応してポテンシャルを引き出せる可能性があります。

僕は今、脳内のコミュニケーションの仕組みを深く理解するためのマップづくりを進めています。マップができれば、ただ「コミュニケーションが苦手」というだけでなく、より具体的に、どの部分が苦手なのか自分で気づくことができます。そうすれば、世の中に無数にあるトレーニング方法の中から、今までのように漠然と選ぶのではなく、最適な方法を見つけて改善することができるようになります。

ギスギスした関係を避けるには

人間関係の良し悪しは、仕事のパフォーマンスを大きく左右します。では、ギスギスした人間関係を避けて、円滑な人間関係を築くにはどうすればよいでしょうか。

人間の感情発露の源泉となっているものに「期待値差分」があります。人間の脳は、意識的にせよ無意識的にせよ、何かを予測、期待しています。その期待と現実の差分が良い感情を生むこともあれば、ネガティブな情動を引き起こすこともある。その予測値や期待値を自分で調節できるようになれば、感情とうまく付き合っていくことができるようになるのです。

ギスギスした人間関係は得てして相手のせいにしがちですが、その背景には、相手にこうして欲しい、相手はこうすべきだ、という期待・予測・想定している自分がいるという認識はとても重要です。

これを解消するには、まず相手に対する期待値を一致させておく必要があります。ゴールを明確にすべきだと言われる所以は、この差分を解消する効果があるからとも考えられます。僕もメンバーと口頭ベースの会議をした後などは、文字で紙に落として、互いに次回までの期待値差分が起こらないようにすり合わせをします。

もう一つは、自分自身を客観的・俯瞰的に見る「メタ認知」を実践することです。人には自己を客観視する脳部位があるのですが、そこが使われていないと、自己の相手に対する期待や自己のストレス状態に気づきづらくなってしまうのです。先ほどの“間”の話は、まさにこの自己を客観視させる“間”でもあるのです。

いまの世の中はものが溢れ、外に目が向きがちで、自分自身に目を向けることが減っているのかもしれません。そんな文脈の中で、自己への気づき、アウェアネスやマインドフルネスが注目され始めたのは、実に理にかなっています。

マインドフルネスの有効性

マインドフルネスや瞑想には、自分への気づきを与えてくれることの他に、注意力や集中力を高める効果、ストレスを低減する効果、解放感、リラックスを導く効果があることが脳神経科学でもいわれています。

まず特定のことや部位に集中し、注意が逸れたなら、そのことに気づき、それを評価することなくまた集中をする。この繰返しがマインドフルネスの基本です。

人間は、単調な行動に飽きやすい動物です。マインドフルネスによくある「自分の呼吸に意識を集中し続けてください」と言われても、長く続けることは難しいでしょう。なぜなら、脳内では「マインドワンダリング」という状態が起きるからです。脳の神経細胞は1つ1つが生きているので、脳が勝手におしゃべりし、集中が続きません。しかし、そのマインドワンダリングに気づき、評価することなく呼吸へ意識を戻し続けることが、前頭前皮質の機能を高め、集中力を高めることに繋がります。

また、瞑想のような一定の呼吸を伴う単調かつリズムを伴う運動は、脳内にセロトニンという神経伝達物質の分泌を促します。セロトニンは、イライラなどの情動を和らげ、やすらぎや開放感を誘導します。イライラすると貧乏ゆすりをしますが、これは単調な動きによってセロトニンを分泌してイライラを和らげているのです。メジャーリーガーがガムを噛んだり、お坊さんが木魚を一定のリズムで叩いたりするのも同じ効果があると言われています。同様の効果が、マインドフルネスにも期待できます。

ただし、そうした単調運動に疑問を感じる人には効果がありません。なぜなら、疑う神経回路、疑いを感じる神経回路が活性化してしまい、セロトニンを分泌する神経回路が使われないためです。そのため、いくらやってもスッキリしないし、開放感を得ることもできません。「信じる者は救われる」とよく言われますが、まさにその通り。信じることによってプラセボ効果も生まれます。「素直な人ほど伸びる」と言われますが、信じてやる人ほど集中力が身につき、ストレスも低減し、リラックス効果も期待できます。

なお、単調な行為を一人で継続するのは難しいものです。そこで大切になるのが、一緒にやる人や指導者(メンター)の存在です。信頼できる人や指導者がいると、オキシトシンという神経伝達物資が分泌されます。オキシトシンは、ストレスを軽減し、幸福感をもたらすと言われています。こうした活動では、信頼できる指導者のもと、みんなで一緒にできる場の存在が価値の1つになるでしょう。アメリカのIT企業の間では、マインドフルネスをオフィスで行うことが流行していますが、会社で行うことの理由の1つはそこにあるのかもしれません。

青砥 瑞人 氏 DAncing Einsteinファウンダー CEO 米国UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)神経科学学部卒業。帰国後、2014年にDAncing Einsteinを設立。「ドーパミン(DA)が溢れてワクワクが止まらない新しい教育」の創造を目指して、さまざまな活動を行っている。

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