業務のデジタル化は、働き方をどう変えるか

森川 博之 氏 データ・テクノロジーを活用した「働き方」 第3回

業務のデジタル化が”職能給”を”職務給”に変える?

最近、ホワイトカラー業務を効率化・自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)という言葉が広がっています。この先、業務のデジタル化が進むと、日本企業の人事制度を、現在の年功序列に基づいた「職能給」から、欧米流の「職務給」に変える後押しになるかもしれません。

例えば、欧米のソフトウェア・プログラマーは、将来、他の会社に転職する可能性があります。そのため、今扱っている技術を他の会社でも使えるようにしようと、インターフェースをきちんとつくるモチベーションが湧きます。一方、日本企業のような職能給の場合、転職を考えないので、インターフェースを考える必要があまりありません。そのため、社内で調整を重ねた結果、インターフェースのない、ごちゃごちゃしたソフトウェアを作ってしまう傾向があります。だから、ITのアーキテクチャを考えるのは職務給の欧米が得意なのかと気づきました。

同じように、業務においても今後デジタル化が進めば、今までは何となくフェース・トゥ・フェースでの調整で済んできたことが、他の業務とつなぐためにインターフェースを必要とするようになってきます。そうなれば、日本企業においても、欧米のジョブ・ディスクリプション(職務記述書)のようにそれぞれの業務を明確にしなければならなくなり、次第に職務給に近づいていく可能性があるのではないかと思っています。

とは言え、業務のデジタル化がどんなに進んだとしても、フェース・トゥ・フェースの必要性は変わらないでしょう。例えば、アメリカのスタートアップ養成機関として知られるYコンビネーターは、スタートアップを養成するのに、遠隔ではなく、必ずシリコンバレーに呼び寄せ、フェース・トゥ・フェースで助言を行っています。フェース・トゥ・フェースのための「場」づくりも重要です。

イノベーションには「無駄なこと」が重要

日本は「技術で勝ってビジネスで負ける」とよく言われますが、それは「インベンション(発明、創意)」と「イノベーション」の違いに起因する問題だと思います。インベンションは技術において起こすことですが、イノベーションは顧客や社会に対して起こすことです。僕が学生だった25〜30年前は、インベンションのハードルが高かった時代でした。ITの分野で言えば、光ファイバーによる通信高速化やCPUの消費電力削減などの技術ができると、すぐに事業化できる良い時代でした。それに対して現在は、インベンションのハードルが低くなり、逆にイノベーションのハードルが高くなったように感じます。技術が進歩しても、顧客や社会になかなか受け入れられないのです。このような状況では、リソースをインベンションよりもイノベーションに重点的に配分する必要があります。このことは、恐らく街づくりについても同じだと思います。

では、リソースをイノベーションに重点的に配分して、何をすればいいのでしょうか。僕は、「無駄なこと」が重要だと感じています。例えば、ドイツ政府は「インダストリー4.0」を提唱して300億円を予算化しました。ある方に聞くと、その主な使い道は技術開発費ではなく、会合費と懇親会費だそうです。ドイツの中小企業を集めて、「これからのコネクティッドな世界に向けて、どのように生き残っていくのか」を議論し、考えるための場をつくっているのです。

また、情報通信の分野では「標準化」が不可欠ですが、日本企業では、標準化のプロが会議に参加するだけです。一方、欧米の企業では、標準化のプロに加えて、ランチとディナーとバンケット専門の人材が必ず参加します。その人材が、関係者と積極的に交流することによってイノベーションを起こす役割を担っているわけです。日本企業は、そういう人材を「無駄」と考えて削減しているのではないでしょうか。

僕は今、永田町や霞ヶ関の人たちに、「税金でお酒が飲めるようにしましょう」と呼びかけています。イノベーションのためには、お酒を飲みながら話ができるような場が重要だからです。欧州では、会議後の懇親会で、必ずお酒が出ます。そういった、日本人から見れば「無駄」に思えるところに価値を見出す必要があります。

世知辛いところからは、新しいものは生まれません。機能の追求だけでは、面白いものは出てきません。イノベーションを起こすには、一見「無駄」に思われることが重要なのです。街づくりにおいても、一見「無駄」に思われる部分を意図的に設けた方が、イノベーションの創出につながり、街の価値を高めることにつながるのではないかと思います。

Editors’ INSIGHT

最新テクノロジーによって働き方がどう変化し、ライフワークにどのような影響を及ぼすのか、ICT研究の第一人者である森川先生にお話を伺いました。
このインタビューを通じて森川先生が何度も繰り返し強調されていたのは、テクノロジーそのものではなく、アナログプロセスへの深い洞察、テクノロジーを導入することへの熱意、テクノロジー導入によるメリットを魅力的に語るストーリーの重要性、の3つでした。このデジタル化できないアナログプロセスにこそ価値創造の源泉がある、との森川先生のご指摘はとても印象に残りました。
業務のデジタル化の先にある、テクノロジーで置き換えることができない仕事を行うオフィス空間とはどうあるべきなのか、今後のインタビューを通じて探索を続けていきたいと思います。

森川 博之 氏 東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。「社会基盤としてのICT」「エクスペリエンスとしてのICT」の2つの視点から、ビッグデータ/M2M/モノのインターネット、センサーネットワーク、モバイル/無線通信システムなどを研究。

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