イノベーションを生み出すための条件

濱口 秀司 氏 イノベーションが生まれる都市・オフィス空間の設計 第1回

USBフラッシュメモリ、商用イントラネットなど、数々のイノベーションをリードし、世界で活躍するビジネスデザイナーの濱口秀司氏に、イノベーションを生み出すための条件や、イノベーションが生まれる都市空間・オフィス環境などについて伺いました。

イノベーションを生むための3つの最低条件

イノベーションを生み出すためには、3つの最低条件があります。1つ目は、見たこと・聞いたことがないこと。つまり、バイアス・ブレイキング(先入観を壊すこと)です。イノベーションは、聞いたら「ええっ!?」と思われるような、業界や専門家の常識を覆すようなものでなければなりません。2つ目は、実行可能であること。よく、付箋にいろいろなアイデアを書き出すワークショップなどが行われています。でも、そこから出てくるのは、荒唐無稽なことやファンタジーばかりなので時間の無駄遣いです。3つ目は、議論(賛成/反対)を生むこと。全員が賛成であればそれはイノベーションではありませんし、全員反対ならマーケットサイズはゼロです。50:50で対立が起きる、あるいは100人のうち3人が熱狂的な想いを持っていて、残りの97人は理解できずにぽかんとしているようなものでなければなりません。この3つを満たしていなければ、イノベーションは起こりません。イノベーションを確実に生み出すには、この3つの条件にシステマチックにアプローチする方法が必要であり、その上で、立ち上げ方、企画の立て方、商品企画の構成パターンなど、何百ものシステマチックなプロセスが必要です。この3つの最低条件の中で、最も重要で難しいのがバイアス・ブレイキングです。

ユーザー調査からイノベーションを生み出せるとよく言われますが、ユーザー調査をしたところで、ユーザーの欲しいものが作れたとしても、それは改良であってイノベーションではありません。「ユーザーの潜在ニーズを見つけてくるからイノベーティブになる」というのは論理的におかしくて、潜在ニーズをつかんだからといって、それが業界や専門家の常識を覆しているかどうかという保証にはなりません。昨今は、そうした「ユーザー・セントリック」な考え方が流行っていますが、それは悪いことではありません。これまで、商品開発においてユーザー・セントリックに考えていなかった会社もたくさんありましたから。「ユーザーのために作っているのだから、ユーザーのことを理解しましょう」という姿勢は当たり前のこと。ただ、それがイノベーションにつながるという保証はありません。つながる確率はありますが、限られた人生と時間をその低い確率にかけてよいのか、と思います。

それに対して、僕が推奨しているのは「クリエイター・セントリック」という考え方です。すべてのモノを作っているのはユーザーではなくクリエイターです。彼らは常に何か考えながら作っているわけですが、人間なので先入観はあります。その先入観にとらわれて近いモノを作ると、「知っている」「よく似ている」ものになってしまい、イノベーションではなくなります。しかしそこにヒントがあります。専門家の考え方をパターニングして理解すると、彼らの先入観や常識の外し方が論理的に作れるのです。論理的に外しているから絶対にイノベーションになるわけで、それが僕のアプローチです。

最も重要なことは、バイアスを見つけること。ユーザーのバイアスも知りたいですが、もっと知りたいのは作り手側のバイアスです。専門家が集まるとこうやってしまう、業界の常識はこうだ、みたいなものを探ることから、イノベーションづくりはスタートします。

ネットワークやコラボレーションは必要か

世の中を見ていると、イノベーションについて、あまりにも単純に考えすぎだと感じます。よく、いろいろな人とのネットワークやコラボレーションの必要性が言われていますが、そんなものは不要です。みんなが心配して人を紹介してくれますが、僕は基本的に誰とも話をしません。非常に有名な人も含めて、いろいろな人と会う機会はありますが、あまり影響を受けたくないので、仕事でなければ会わないようにしています。

ネットワーキングと一言で言っても、なかなか難しいでしょう。人が集まれば何かが生まれるというのは、考え方が荒すぎます。確かに、確率的には何かが生まれるかもしれませんが、実際に一人で考えている場合と多人数で考えている場合を比べてどうなのか、誰も説明できないでしょう。

また、みんなでワイワイ言っていたらコラボレーションになると思っているようですが、それは大きな間違い。黙っている時間がなければコラボレーションは生まれません。コラボレーションには静かな時間がなくてはいけない。一人で考える時間が必要なんです。僕はそれを実験で明らかにしていますから。

ユーザーに対する3つのアプローチ法

イノベーションを生み出すための手法を、これまで数多く開発してきました。それらを組み合わせて緻密に取り組まなければ、イノベーションを確実に生み出すことはできません。その手法の一つに、企画を考える際のユーザーへのアプローチ法があります。

よくあるパターンは、遠くから標的を狙うスナイパーのように、精度を究極まで高めた上でユーザーの心を一発で射止めるアプローチです。しかし、それは一発勝負なのでなかなか命中させることが難しい。優秀なスナイパーなら風を読むようにトレンドを読んで、予め狙いをあえてずらすことで当てることができる場合もあります。それでも、常に命中させることは難しいでしょう。

多くの人は、ユーザーへのアプローチはこの「スナイパー型」だけだと思っています。しかし、異なるアプローチ法もあります。ユーザーにもう少し近づいて、ショットガン(散弾銃)を使う「ハンター型」です。ショットガンの場合は複数の弾が飛び散るので、無駄が生じますが、より確実に射止めることができます。

僕が体験したハンター型の例があります。アップルのiPadが発売される前、ある海外の大手電機メーカーのシリコンバレーにある商品開発部門から「これから11インチくらいのタブレットPCがはやりそうだから、企画してほしい」という依頼を受けました。それから1カ月以内に、同じ会社の別の4つの部門からも同様の依頼が入りました。どうも、複数の部門が情報交換をしないまま、同時期に同じような企画を進めていたようです。その会社は、複数の商品を同じ並行的に開発することで、そのうちのいずれかを確実に当てるというハンター型のアプローチをとっていたのです。

これが日本のメーカーなら、社長直轄のプロジェクトを組み、全社から優秀な人間を集めて一つの商品をつくり、一発で当てようとするでしょう。なぜなら、スナイパー型のアプローチしか知らないからです。もし、ハンター型のアプローチも知っていれば、より確実にその業界でポジションを維持するために、ショットガンを使った方がいいのではないか、という議論が起こるはずです。

さらにもう一つのアプローチ方法があります。ユーザーの至近距離で投網を使う「フィッシャーマン(漁師)型」のアプローチです。弾と違い、複数の要素のうちの一つに引っ掛かれば、ユーザーを確実に絡め取ることができる、確実性の高いアプローチ法です。ユーザーが反応する要素には「デザイン」「ファンクション」「ストーリー」の3つがあります。「商品の見た目→商品の機能→商品に込められた物語」の順に反応しますが、どの段階が決め手になるかは個人差があります。もし、商品に「プロダクト」「エクスペリエンス」「パッケージ」の3つがある場合、ユーザーが反応する3要素と掛け合わせることで、9つの結び目ができます。そこで、どの結び目においてもユーザーが反応するように商品を設計するのです。例えば、まずデザインでアイコニックなプロダクトを作るとします。そのアイコニックなデザインはファンクションやストーリーともつながっています。そして、エクスペリエンスが目に浮かぶようなデザイン・ファンクション・ストーリーをつくり、パッケージにも同様に趣向を凝らすのです。複数の要素に統一感を持たせることは簡単ではありませんが、うまく設計できれば、ヒットする確率は高まり、無駄を生むこともありません。

この3つのアプローチを理解し、状況に応じて適切なアプローチを選ぶことができれば、ヒットする企画を効率よく生み出すことができます。都市づくりの設計においても、これらのアプローチで検討してみることは重要です。

「樹形図を割る」発想から生まれた新感覚のイス

最近、僕が開発に関わった商品を一つ紹介しましょう。昨年コクヨが発売した「ing(イング)」というイスがあります。これは、単なるイスを作るプロジェクトではありません。もともと、2015年に就任したコクヨ社長の黒田英邦さんと一緒にコクヨの新たなカルチャーをつくれないかと考えたのが、「樹形図の根本を割る」という発想です。携帯電話にたとえれば、ガラケーとスマホ以外の電話がないかを考え、新たなスタンダードを生み出そうというものです。その第一弾として、最も難しいと言われているイスから手がけることになりました。樹形図の根本を割ることを証明しよう、というプロジェクトです。

従来のイスの多くは、背骨をS字状にしておくのが健康にいいということで、一番良い形に固定するようになっています。矯正しているため、時々伸ばしたくなるので、背もたれが倒れるようになっているわけです。それに対して、今回注目したのがバランスボールです。バランスボールに座ると、バランスを取るために無意識に体を動かすため、健康にいいと言われています。また、人間は固定された状態から解放されることで、自然と背骨をS字状に保つことができます。しかし、バランスボールには、傾き過ぎると倒れてしまうという問題があります。そこでingは、バランスボールのように体が自由に動くようになっていますが、端にいくと安定する機構になっています。座った瞬間は固定されないので違和感がありますが、30秒で慣れます。30分座った後は、体に追従する感覚が当たり前となり普通のイスがとても堅く動きがないように感じるようになります。

ingの開発には、コンセプトからデザイン、価格設定まで全てに関わっています。美術館に展示されるような、高級で美しいデザインのイスはありますが、僕の仕事はマーケットシェアを高めることなので、数多く売れるようにしなければなりません。そこで必要になるのが、顧客に接近するためのデチューン(性能やデザインを下げる方向で調整する)の発想です 。

濱口 秀司 氏 ビジネスデザイナー monogoto代表 松下電工(現パナソニック)にてR&Dおよび研究企画に従事し、全社戦略投資案件の意思決定分析を担当。1998年から米国のデザインコンサルティング会社、Zibaに参画。現在はZibaのエグゼクティブフェローを務めながら自身の実験会社「monogoto」を米国ポートランドに立ち上げ、ビジネスデザイン分野にフォーカスした活動を行っている。

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