味のないホテルばかりの中で、「おいしいホテル」をつくりたい

龍崎 翔子 氏 これからのホテルに求められる価値とは 第1回

ホテルに興味を持ったきっかけ

「ホテルをやりたい」と思ったのは小学5年生の頃です。ある小説でホテル経営者という職業があることを知り、「私がやりたいのはこれだ」と思うようになりました。ホテルの原体験は、小学2年生の時に家族でしたアメリカ横断旅行です。東海岸から西海岸まで、1カ月かけて父の運転でアメリカを横断しました。両親はドライブでの長旅を楽しんでいたと思いますが、私はひたすら後ろの座席から、変わらない景色を十数時間ずっと眺めるだけの毎日でした。そんな中でいつも楽しみにしていたのが、その日の最終目的地であるホテルだったんです。ところが、部屋のドアを開けてみると、どこも同じような景色で、日本のホテルにいるのとほとんど変わらない。それがとても不満でした。

旅行中、最も印象に残ったのが、カジノで有名なラスベガスです。それぞれのホテルに独自の世界観があって、まるでテーマパークのようでした。例えば、「フラミンゴ」というホテルには、熱帯植物園のような空間があって、本物のフラミンゴがたくさんいました。幼かった私には、そんなホテル巡りがとても楽しかったんです。でも、私たちが実際に泊まったのは、メキシコ人家族が経営しているホステルみたいなところで、そのギャップがとても悔しかった。もちろん、ラスベガスのホテルが極端な例だということはわかっていました。でも、その時に気づいたんです。いろいろな味を出す余地があるのに、どうしてみんな味のしないホテルばかりつくっているんだろうと。この体験から、ちゃんとおいしい味がするホテルをつくりたいと思うようになりました。

もちろん、ホテルの本来の価値は、世界中のどこに行ってもゲストに変わらない快適な住処を提供できること、それゆえスタンダードのあり方に寄せるのが非常に重要なことは重々理解しています。しかし現代では、どのホテルも一定のクオリティのサービスを提供できるようになっているので、それはもはやバリューではないと思います。アメリカは土地が非常に広大ですから、街ごとに歴史も文化も違うし、気候や空気感も違います。そうした違いを肌で感じる楽しみを求めていたわけです。しかも、旅先で最も長い時間を過ごすのがホテルなのに、それがどこも同じでは、旅の楽しさが損なわれてしまいます。あの時のがっかりした感じが、ホテルに対する原体験になって、「自分だったら、もっと面白いホテルをつくるのにな」と心のどこかで思っていました。その気持ちを、5年生になって読んだ本の中で、自分の生業にする方法を見つけたわけです。その頃から、「こういうホテルをつくりたい」というアイデアは明確にありました。

中学生くらいになると、家族旅行で泊まるホテルを私が選ぶことが多くなりました。その時に気づいたのは、ホテルの選び方は、最寄り駅からの距離、広さ、温泉の有無、朝食の有無など、定量的な要素でしか選ぶことができないということでした。飲食店を選ぶ際には当たり前にあるような魅力が、ホテルの選択基準には一切ないことが不思議でした。極端な話、安い・早い・うまい牛丼屋さんのようなホテルはたくさんある。もちろん牛丼が好きな人は大勢いますが、時には牛丼以外のものを食べたい日もありますよね。また、アパレルの世界でも、一つひとつの店やブランドにコンセプトや世界観があって、私たちはその中から気に入ったものを選ぶことができます。そんな当たり前の選択肢が、ホテルにはないことがとても不満でした。そのため、自分の理想のホテルをつくりたい、というよりも、ホテルの選択肢を増やしたい、という思いから、ホテルを自分でつくろうと考えるようになりました。

ホテルに求めるのは「ポジティブな予定不調和」

私がホテルに求めているのは「ポジティブな予定不調和」です。ちょっとしたサプライズ、想定外の出来事が起きてほしい。そもそも、旅に求めるものってそれですよね。自分のスケジュール通りに進んでも多分面白くない。こんな人に出会ったとか、こんな場所を偶然見つけたとか、そういう自分の予定を乱される、自分の世界が広がるような出来事が起きると、エンターテインメントにつながると思うんです。

ホテルは「旅の演出装置」だと思っているので、ホテルにも、旅に求めるものと同じように気分が盛り上がるようなことを一消費者としては求めています。だから、「これは多分、こうだな」と予想できるようなところには、あまり行きたくない。「どういうところなんだろう」「どんなことが起こるんだろう」と期待させるようなところに行きたいと思います。

とはいえ、初めから人との出会いをホテルに求めているわけではありません。結果として誰かと知り合えたら、満足度は上がると思いますけど、顕在的なニーズとしては、ほぼないと思います。人によって感じ方は異なると思いますが、話しかけられることが前提になっていたら、うざいじゃないですか(笑)。私の顕在的なニーズとしては、例えば、雑誌で見たオシャレな部屋に住めるみたいな、“生活を試着する”ような感覚が得られる。あるいは、朝食がとてもおいしいとか、温泉がとても気持ちいいとか、そういうことを求めています。そして、潜在的なニーズとして、スタッフの方がとてもやさしかったり、誰かと知り合ったり、その街の空気感がすごく伝わってきたり、といったことがあります。これらを満たしていると、ホテルに対する満足度が後から上がるのではないかと思います。

ですから、ホテルを運営する側としては、顕在的なニーズと潜在的なニーズ、両方のレイヤーで仕掛けて、どちらも満足していただけるようなサービスを提供したいと思っています。例えば、顕在的なニーズに応えるためには、まずベーシックなところで、部屋をきれいにして、おいしい食事を用意する。そのうえで、さらに見える装置として、レコードが置いてあったり(HOTEL SHE, OSAKA)、クオリティの高いアメニティを使ったり、イベントを行ったりします。そして、お客様が実際に訪れた時には、お客様の期待値を超えるような、別軸のサービスを提供する必要があります。それは、スタッフのキュレーション力だったり、レコードのセレクトだったり。お客様がノーマークのところで、いかにホテルの世界観を伝えていくかが大事です。イベントも、初めからそのために行きたいという方もいらっしゃると思いますが、どちらかというと、行ってみたらたまたまやっていて、すごく良かった、と思っていただく方が、お客様にとってはうれしいのではないかと思います。それこそが「ポジティブな予定不調和」です。

龍崎 翔子 氏 L&G GLOBAL BUSINESS, Inc. 取締役・ホテルプロデューサー 2015年にホテル事業を行うL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立。「petit-hotel #MELON 富良野」(北海道・富良野)を皮切りに、「ソーシャルホテル」をコンセプトにした「HOTEL SHE, KYOTO」(京都・東九条)、「HOTEL SHE, OSAKA」(大阪・弁天町)、「CHILLな温泉旅館」がキーワードの「THE RYOKAN HOTEL TOKYO」(神奈川・湯河原)、「ホテルクモイ」(北海道・層雲峡)をプロデュース。

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